下北半島脇野沢。
脇野沢に向かって陸奥湾沿いを車で走ると1番最初に目に入るのがこの「鯛島」です。
脇野沢から、沖合いに1キロくらいの位置にあるそうですが、2個の島を合わせることで魚の形になり、「鯛島」と呼ばれているようです。
小学4年になる子供は、社会科の勉強で青森県の色々な事を学んでいて、青森市内に向かうときに見れる通称「かめじま」の説明をしてあげたときに、脇野沢には「鯛島」があるんだよなどと、子供とのドライブは、青森の歴史や勉強に役立つ貴重な学習時間かもしれないです。
「鯛島悲恋物語」
物語りは今から約1,200年程前の延歴の頃、坂上田村麻呂将軍が蝦夷征伐のため、この脇ノ沢の地にしばらく留まっていたときのお話になります。現地の美しい娘とねんごろになり、懐胎させ、然し都に帰るとき無情にも彼女を置き去りにしてしまったのです。将軍恋しと日夜泣き狂った娘は、三つ児を生むと自らの命を断ってしまいました。その娘を哀れに思った村人が、都に少しでも近いこの鯛島に彼女を葬ってやりましたが、それからはこの島附近で船の難破が相次いだり、女の霊が海蛇となって崇めるのだとおそれおののき、この島に誰一人近づかなくなりました。それから500年程後、この地に難を逃れた藤原藤房卿がこの話を聞き、天女の像を自ら刻み、島に祷ったところ怪事が絶えたという伝説のある島がこの鯛島なのです。
仏ヶ浦の「願掛け岩」とは違った意味合いがありますが、これも下北の歴史の一部なんですよね。